国際人には時には「和」を最重要視しないことも求められる

日本人の特徴の一つに、自分を殺して周りの意見に合わせなければいけない風習があります。これは、「和」を大切にする日本では、常識でありマナーでもあるため、本心は反対をしていても、申し立てないことが普通ですね。

ただ、この考えは、国際的には通用しないこともしばしばあります。逆に自分勝手に考えていた時のほうが、信頼を得ることも多くあります。

周りに合わせることが良いとはされない

日本人の私たちには、とても不思議な後傾に見えると思いますが、「和」を大切にしようと良かれと思って、何も言わないでいると、「自分で考えられない」「物事に意見がない」「物事を何も考えない」「自尊心に欠ける」と言ったようなネガティブな印象を持たれ、人としても、社会人としても評価は下がることがあります。

あるアメリカ人があるコーヒーショップでこんな体験をしました。

その店員は非常に礼儀正しく丁寧な対応でした。出てきたアイスコーヒーの中の氷が多かったので、氷を取ってくれと頼みました。すると、その店員は「申し訳ありません。」と言いました。

「なぜできないか」と聞くと、どうやらそんな対応はマニュアルにないからだそうで、マニュアルにないことをすると、叱られると思っていたようです。

「マニュアルに書いていないことをしない」=「何も考えていない人」という印象を受け、店自体にネガティブな印象を持ったそうです。

日本は世界一カスタマーサービスが優れていると聞いていたその人は非常にがっかりし、それをSNSで流しました。当然その店の評判も落ちました。

ここで、もしこの若い店員に自分で考える力があれば、このようなことも防ぐことができましたが、その店員は忠実にも、「絶対に怒られないだろう選択」を取って、店との「和」を大切にしました。

これでは、良いカスタマーサービスとはいえませんし、極端な例でもありますが、少なからずこういったマインドを持っている日本人は多数に及ぶかと思います。

自分の意見はわがままであってはいけない

反対に、自分の意見を持つようにというと、今度は極端な考えで、わがままな振る舞いを起こす場合もありますよね。

自分の考えを持つ場合、そしてそれを伝える場合、相手が常に自分には同調もしないだろうし、相手には相手の意見があると理解しなくてはいけなせんね。

相手にも意見があるからこそ、良い話し合いができますが、日本では、「和」を大切にすべく意見は遠慮すべきと思っているため、相手に自分に対する意見がある場合の対応ができない傾向にあります。

反対意見であれば、自分への個人的な攻撃と捉え、そこに答えを見出そうという思考にはなかなかならないことも特徴の一つです。

自分の意見を述べるときはまずは、「あなたのおっしゃることはもっともだと思います。しかし、私はこのように考えていて、こうすればもっとよくなると思います。」と言います。

それでも、相手は自分に反対することを前提に言うことも大切になりますよ。

「いや、あなたはは間違っている」と、頭ごなしに言ってしまえば、相手との関係が築けず、物事がマイナスに向かっていきます。

他人と自分が違うことを理解する

上記の事柄をうまく取り入れるには、相手と自分は違うということを常に意識し、相手の考えを認めることです。

相手が間違っていると感じたら批評もしてもよいですが、人格否定と捉えられる表現になってしまうのはよくありませんね。当然ではありますが、、

いつでも、「君はそう考えているのか。でも、私はそれが間違っていると思うし、私はこう思っている。なぜならば、、、」と話せるようになれば、これは喧嘩ではなく、良い話し合いになるでしょう。

日本でもある光景ですが、国際的な関係であれば、国も、生活も、常識も、感覚までも異なりますから、こういったことは日常茶判事です。

国によっては、近い関係であれば暴言も当たり前だったり、また別の国では、一度もめたら何があっても仲直りしないと頑固に意地を張る国民性もあったり、最初から、日本人というだけで嫌われることもあります。

大切なのは、何が起きても個人的には取らず、前向きな考えで居続けるということでしょう。

と入っても、今の日本はだいぶ変わってきました!良い意味で。、自分の意見をしっかりと言える人が増えていますね。

これからどんどん国際化していく日本の中でも役立つスキルとも言えそうですね。

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